GoTS8E5感想【ネタバレあり】「お前は鐘使っちゃだめだろ」という感情


Game of Thrones | Season 8 Episode 6 | Preview (HBO)

 

ゲーム・オブ・スローンズS8E5を見た。うん、落ち着いて考えると、やっぱりいい話だった。デナーリスの「狂王化」、脈絡ないと言われてるが、やっぱりそこについてはちゃんと書いておきたい。

 

二回目見て思ったのだが、まず鐘を鳴らしたのはサーセイの指示であることに気がついた。根拠としては

・そもそも理屈として、城としての降伏宣言ができるのは玉座に座るサーセイのみ。ロバート・バラシオン反乱時における「狂王」のときと同じ構造。

・ほぼ趨勢が決したとき、市民の「女王に伝えろ!」みたいな叫び声が聞こえる。ということは、鐘をならせるのはサーセイということになる。

・鐘が鳴らされる前後はサーセイがアップで映される。サーセイが「鳴らして」と言った瞬間だけ映さない演出のように見える。

というあたり。

一回目みたときは、なんかサーセイが鐘をならしたという意識がなかったのだが(市民がかってに?鳴らしたんかなーみたいなのりがあった)、明確に「サーセイが鐘をならした」と考えるといろいろ解釈が変わってくる。

今回、「鐘」が何を象徴しているか。それは正義の象徴である、と私は思っている。ここで正義と言っているのは、だいたい「誰でもその恩恵に預かることができる一般的なルール」という意味合いだと考えていただきたい。このとき、問題は「サーセイに正義の恩恵にあずかる資格があるのか?」ということだと思う。お前散々ルールを破ってきたのに、いまさら「鐘」使うのかよ、お前にその資格あんのかよという違和感だ。こういった、「お前鐘使っちゃだめだろ」という感覚は、分断の時代において生じやすいと思う。

例えば、最近性犯罪の裁判が無罪判決になってそれに反対運動をしていた人々が一定数いた。彼ら彼女らのメンタリティはおそらく「あいつは性犯罪を犯したのに鐘を鳴らしやがった!」というものなのだと思う。無罪判決が出たのに、運動者たちの怒りはおさまらず、むしろ闘争が展開された。ちょうどデナーリスが、鐘がなったあとキングスランディングを焼いたのと同じである。つまり、正義というのは一般的言えば万人におよぶはずなのに、その適用外に置かれるべきだ!!!と判断されるような人間、例えば性犯罪の容疑者などが、事実として存在しているのである。彼には、正義の恩恵に預かる資格がなかった。

あるいは、リベラル派を揶揄することしかできない人々も同じだ。あの手の人々は「じゃあこれはどうなんだよ?(例:じゃあ共産中国のチベット政策は~)」と言って話題をずらすのが得意と分析されているが、それは彼らの論点がまさに、「正義はなぜ一般的に適用されないのか?」というものだからだ。彼らは、正義が何かは分かっているが、それが適用されるorされないが極めて政治的に決定されているという現実を前にして一種のいじけモードに入っている、ある意味でナイーブに正義を信じている人々だ。彼らの言っていることは、じつは「無罪になった性犯罪者に制裁を加えろ」と質的に同じ主張なのである。つまり、「LGBTやらクジラに対しては鐘をならすあいつらも、弱者である俺に対しては鐘をならしてくれない」ということが彼らの不満げな態度の根源的な原因なのである。

デナーリスがキングズランディングを焼いた、ということは、それ自体としては脈絡のない狂王化としてしか理解のしようがない。しかし、鐘を鳴らしたのがサーセイ、という点と組み合わせれば、極めて今日的な問題設定の上に築かれた演出、ということになるだろう。つまり、「お前は鐘使っちゃだめだろ」という感覚に対して、我々がどう向き合っていくべきなのかという、今日的な問題設定だ。

こういった感情に人々が振り回されるのは、結局正義のバックボーンである権威がめちゃくちゃに傷つけられ、市民の持っている政治的意識と懐疑心が大きくなりすぎているからである。よって、玉座に強力な王が座り、秩序を回復することが求められる。……のであるが、それが方向性としてかなり間違っていることも、我々は歴史から学んでいる。ゲーム・オブ・スローンズ最終話に求められるのは、まさに、傷つけられた正義の上に、いかにして和解を打ち立てるのか?という問題に対する回答だ。きっと誰もがこの問題への回答を探している。だからこそ最終話、楽しみにしたい。