キスよりすごい建国神話がここにあった。劇場版 うたの☆プリンスさまっ♪ マジ LOVEキングダム感想(ネタバレあり)


「劇場版 うたの☆プリンスさまっ♪ マジ LOVEキングダム」スペシャルライブPV 第2弾

 

 豊洲ユナイテッドシネマでうたプリ劇場版を見て入国してきた。というか豊洲エリア、土地の使い方ほんと贅沢だよな……建物広すぎて最初映画館がどこかわからんかったわ。ただスクリーンデカかったのはよかった。

 

 作品としてはライブ形式の映像で、基本的に①ナンバーが入って②その後出演者によるMC(ふりかえり・まとめトーク)という構造になっていて、①~②が繰り返されることによって進んでいくスタイル。そういう意味では今までみた映画とはまるで趣向が違った。何気に人生初ライブだったので色々と新鮮で面白かったのだが、特に②のMCパートは存在を想定していなかったので(普通にナンバーが流されまくる作品だと思ってたので)興味深い発見だった。最初にMCが入ったときは「いや、話もいいがどんどんナンバー流して……」とか思ってしまったが、ライブが進むにつれ、MCで休憩入れないとこっち側のボルテージが上がりすぎて心臓破裂しますねこれは…… となった。まああと振り返ってみると、キャラ萌え的にもMCは必須だったかな。

 

 作品を通しての一番大きな感想は、この映画(というかライブ)はなによりも三年間待ち続けたファンに向けられたものなんだな、というところ。私は4期まで見終わった次の日に入国したため、どこかアニメの延長という位置づけで「1期のライブみたいなのを大画面で見れたら派手だろうなー」くらいの、言ってしまえば軽い気持ちで見に行ったわけですが……そういのじゃないですねこれは! これは「ずっと会いたかった……!(そして会えた!)」的な感覚で見るべき作品なんだろうなーと思った。ナンバーが全部(多分)新曲なところとか、アイドルたちが常に「みんなのおかげでやってこれた」を強調してるところとか、最高の再会を提供してやるぜ……という制作陣の覚悟というか責任感の強さを感じた。少なくとも1期EDの「マジラブ1000%」くらいは流れるものだと思って行ったのだが、アニメ版の曲とか歌ってる場合じゃないのです!って感じでしたね。まあ、じゃあお前楽しめなかったかよというと……もちろんそういわけではない。めちゃくちゃ楽しめたのだが、しかし、3年間「溜めて」いたら王国での再開にまた別種の感動があったんだろうなーーーとどうしても思ってしまった。年季が足りない!!!

 

 というわけでセトリにそって感想をば……ほんとはキャラごとの横串でやりたいがそれはまたの機会ということで。なお好みの濃淡が感想の分量に現れてしまっているが、一旦目をつぶることにする。

 

・嶺二先輩からの諸注意

 こういうのさあ……オタク的に嬉しいよなほんと。嶺二先輩はゴリゴリのリーダーシップを発揮するようなひとじゃないけど、3グループの代表張れるのは彼くらいだよなあと思った。後は嶺二先輩だとあんま説教臭くならないのがいいすね。

・オープニング

 まず、背景がロンドンなのであった。これはおそらくキングダム=イギリスという割と安直な連想なのだとは思うんだが*1、霧の街ロンドンというロケーションは演出的には結構よかったんではないかと思う。というのも、テーマは「再会」なので、真打ちをちゃんと画面に映すまで観客を思いっきり焦らす必要があると思うのですね。だとすると、「霧のかかるロンドン市内」×「足元だけ映す」という仕組みでキャラを直接映さず、我々がふわっと持っているイメージとしての霧と演出上の霧の掛け算でキャストの顔を隠すというのはかなり上手いと思った。

 そんな感じで、もう散々待ったんだから焦らさないでくれ……! 足元を映すだけでキャラ性分かるとかそういうのいいから……早く顔見せて! となったところでキャラ紹介に入るのだが……はい。劇場版の常として、正面顔を見せられるとあれ、こいつこんなにかっこよかったっけ?となってしまうアレな。みんな輝いてましたね。

・ファンタジック☆プレリュード(ST☆RISH

 オープニングナンバーを飾る曲。オープニングナンバーは作品を象徴するので、どういう曲を持ってくるか結構難しいと思うのだが、個人的にこの曲で「あーー三年前の俺ーーうたプリ見とけ!!!!」となった。これ三年越しで聞けたら泣けるだろうなあ……王国にようこそっていうか、王国におかえりという、そういう感じだった。

・THE WORLD IS MINE(QUARTET NIGHT

 僕はスターリッシュに対する贔屓目を抜きにすると、グループとしてはカルナイが一番好きです(全ギレ)。 この4人は喧嘩→和解という手続きを他グループに比べると結構真面目に踏んでいるのと、人数が少ないのもあって、グループとしてすごいまとまっていて好きだ。あとやはりST☆RISHという存在に対してどうしても2番手的になってしまうところがあると思うのだが、そこに甘んじない強さというか存在感というか、一周回った雑草魂みたいなものにすごく惚れてしまう。私がアニメ版でめちゃくちゃ好きなシーンの一つは、いつもST☆RISHがやってたエンディングのライブパートをカルナイが奪ったやつなのですよ(確か3期のヤツ)。あれはしびれたな……。今回も歌うの2番目だったけど存在感抜群だった。最初アカペラの合唱から入ったので「うおおお! お前らの絆感じるぜえ!」となった(錯乱)。あと黒崎さんが「ナンバーワンもオンリーワンも俺たちだ」って言っててほっこりした(*^^*)。

 あとですね、まず黒を基調としたコスプレがかっこいい。襟強調してるのほんまおしゃれ上級者や。しかも帯剣してるし、しまいには抜刀するし! いやですね、男性同士が抜刀してビシバシやるのは結構「ヤバイ」比喩表現だと思うんですが、でもああいうのってST☆RISHとかHE★VENSみたいな身内バトル少なめの人たちだとちょっと刺激が強すぎてやれないと思うのですよね。比較的大人系で、かついつもじゃれ合ってるカルナイだからこそOKなラインに乗るというかそんな感じがした。雷も落ちて派手やった……。あとこう、妄想かもしれないがオープニングナンバーに比べてカメラまわしが比較的アクロバティックな気がしており、躍動感がすごくて引き込まれてしまった。

・GIRA×2★SEVEN(HE★VENS

 僕はスターリッシュに対する贔屓目を抜きにすると、ライブパフォーマンスとしてはHE★VENSが一番好きです(全ギレ二回目)。なんだろう。まずコスプレの統一感がかっこえかった……原則として、この作品におけるコスプレは雰囲気似てるけど一人ひとり微妙に違っていておしゃれな感じだと思うのだが、HE★VENSの最初の青コスプレはかなり統一感があったと記憶しており、好き。やっぱHE★VENSの特徴は他グループに比べて明確にリーダー枠がいることだと思うのだよな。リーダーシップのもとに統率されてる感が好きなのですよ私は。瑛一くんの指パチンですべてが始まる感は、やっぱり他にない心地よさがある。

 もうちょいコスプレの話をすると、HE★VENSはブーツとか革靴じゃなくてシューズなのもずるい。確かにHE★VENSは他のグループに比べるとカジュアルっぽい格好でステージに出たりするのよな……私は正装の方が好きな人ではあるが、HEAVENSのカジュアルっぽさというか、若干崩してくるところはカッコいいなーと許せてしまう。そういうふうにちょっと崩しておいてダンスとか歌がキレキレだから、そのギャップがいいのかもしれないすね。HE★VENSなんかに負けないんだからね!→カッコいい……となってしまうので毎回悔しい(敗北)。人生は一度さ、冒険しないかー♪がまだ脳内でリフレインしている……

 ちなみに歌詞で「恋よりもすごい歌」というフレーズがあるのだが、これはうたプリ原作のキスよりすごい音楽って本当にあるんだよADVというフレーズを意識したものであると思われ、本来ST☆RISH側が使うべきフレーズだと思うのだが、そこを颯爽と奪っていくのがかっこよかった(敗北済み)

 

↓ここから劇場版用のクロスユニット(正確な言葉遣いかわからんけど許せ)のナンバー。

・Up?Down?Up!(音也・藍・ヴァン)

 第一印象。HE★VENSから来たのが桐生院さんで良かった!!! って感じですね……。4期見終わった直後なので、音也くんのメンタル絶対保護するマン!と化していて、どうしてもそういう視点で音也くんを見てしまう側面が強い。やはり音也くん×HE★VENSというと、4期のアレがトラウマとして蘇ってくるが、曲者が多いHE★VENSの中で桐生院さんはフランクな人間なので音也くんも落ち着いてやれるな、と安心できた。あと何気に、はるかさんにすぐ「好きだ」とか言っちゃうキャラ性として2人は共通点がある気もする。そういう意味で平和そうでよかった……本当に……音也くん平和に暮らせ。そして明らかに自己管理ガバガバそうな二人組に美風先輩という立て付け、いいですね。安定ですわ。お姫様だっこを提案したのはあんたかい……となったが。ただコスプレはちょっとDQN風味だったのでもっとちゃんとした服を着てほしかった(そこか!?)特に美風先輩には常に正装でいてほしいですよ!!

・エゴイスティック(那月・蘭丸・瑛一)

 僕、那月くんの良さがわかった!(にわか)となったナンバー。私はST☆RISHの中だと那月さんだけはどうしても興味が持てなかったのだが、やっと興味が持てた。まず、直前の音也たちのコスプレがダボダボ系だったのに対してピチピチの服だったので、かなり「身体性」が強調されていたと思う。結果、那月くんじつはめっちゃガタイええじゃないか~~!!!!という事に気がつかされてしまった。あの長身から繰り出されるダンス、すごい迫力あった。周りの二人が唯我独尊の大物キャラだけど、その二人に負けない存在感を放っており、うーん、正直見直しましたね! 実際、黒崎さん・瑛一くんと並べられたら那月くんに勝ち目は無いと思っていたのだが……那月くんも男ということですねえ(?)。

 あと、鳥かごを破壊するという演出はたしかにメッセージ性があってよかったですね。黒崎さんが自分重ねてるっぽい感じがエモかった……黒崎さん一番好きだ。。。

・Feather in the hand(真斗・カミュ・瑛二)

 エゴイスティックに比べて「身体性」の強調がほぼ皆無のナンバー、と思った。そういう意味では対比が効いている。コスプレも重層的だし(厚着だと体型わからんよね)、せまい塔の上に突っ立ってるから動きも少ない。が、多分それが正解なんだろうなと思った。基本的に「身体」と「概念」は対立構造になってしまうので、身体性を極力排除することによって、彼らはアイドルとしてより純粋な、真に抽象的な神聖概念となった……って感じのナンバーだと理解した。このナンバーだけ神聖力が高すぎる……まあこのメンツならこういう感じにまとめるのはいいアイディアですわな。ただ、せっかくのライブなので、もっと体使ってほしかったというのが正直なところではある。カミュが猫かぶって喋ってるのには笑ってしまったw 

・相愛トロイメライ(レン・嶺二・綺羅)

 レンさん推しです(全ギレ三回目)。しかも嶺二先輩と同じグループとかやばいすね。ちなみに、私の中でレンさんと嶺二先輩は隣に並べたいキャラクターナンバーワンである。長くなるけど理由を書く。まず、レンさんは余裕かましてるように見えつつ、なんだかんだ言って結構人と張り合ってしまうキャラだと思っている(例えば、スマホCMのときは翔・セシルとガチでバトってしまうし(これはほんと意外だった!)、4期で桐生院さんに負けそうになってムキになったりとかしてた)。そういう意味で、キャパがそんなに多くないというか、実はいっぱいいっぱいなところがあるというか。1期での荒れっぷりも一番やばかったし、実はクッソ繊細なところもある。対して、嶺二先輩は底なし系のキャラでガチで常に余裕を持っているように感じる。カミュとはまた違った水準で「先輩の本気ってどんなもんなの?」と常に思わせられてしまい、キャパの全容が全然把握できない。そういう意味で嶺二先輩は底なし沼みたいな人でもある

 そういう二人だと思っているので、言葉遣いは悪いが、レンさんが嶺二先輩と張り合ったらほんっっとメンタル的にキツイやろなと思うのですよ。レンさんからすれば全力を出しているのに、嶺二先輩はのらりくらりとしながら高い実力を発揮していて、努力しても努力しても嶺二先輩に追いつけるかこれよくわかんねえな……、みたいな、嶺二先輩の沼にハマっちゃいそうな感じがあり。

 私はこういう関係性が好きなので、レンさんの隣に嶺二先輩いてよかった~~~~~~!!(邪悪な感情)となってしまった。レンさんには悪いが……すまん、本当に良かったですよ! レンさんのムッとするところとか!

 ナンバーの話を少しすると、私はこういうストーリー性がありかつ不穏な感じのステージパフォーマンスは好きなのであった。MCでの劇っぽい語りとかも含めて、若干Sound Horizonがやってるようなパフォーマンスで得られるようなよさみがあったですね。ただ、最後マントというかコートをキャストオフする演出があっても良かったかなと思った。というのも、あの衣装はカッコいいけど、ダンスの動きをちょいわかりにくくしていると感じた……。

※なお、私は無口キャラはよくわからないので……綺羅くんすまん。

・Colorfully☆Spark(翔・ナギ・シオン)

 このナンバーはあまり理解できなかった……。私は所詮男性なのでこういう水準でかわいいという評価にはなりにくい……はずだが……なんだ、この心の奥底がむず痒くなる感じは……

 もし何か言うとすれば、翔くんをカワイイ枠で使うのはどうなんだろうか、ってところだろうか。私としては彼にスケボー乗ってほしかったのだが!!!!!!!?(全ギレ四回目) 翔くんの代わりにセシルを配置しておけばよかったのではないですか!?(カタコト) といいつつ、セシルはシオンくんとはアニメ版で組んでるからなあ……難しい。

カレイドスコープ (トキヤ・セシル・大和)

 ライブで一番盛り上がるナンバーの一つではないでしょうか。 謎動力のスケボー……これ、3つしか作れなかったんですかねえ???? あまりにもかっこよかったんで、スケボー量産して全員でスケボー乗ればいいじゃん!!??? という感想しか出てこない……。

 なお、直前で「翔くんがよかった」とか書いたが、トキヤくんとセシルがスケボー枠で良かったとも思っている(どっちだ)。というのも、翔くんとか大和くんは運動神経抜群系で推しているキャラクターなので、そういうキャラクターをスケボー載せても、まあ退屈と言えば退屈なのですよ。そりゃそうだね×10、となってしまうので。対して、トキヤ、セシルが持っている良さというのは、身体性というよりもむしろキャラとしての誠実さだと思っており、誠実なのに体も動かせるとか相反するよさみがアウフヘーベン(?)しててヤバくなっていた。たしかにMCの内容も「練習頑張った」みたいなテーマ性になっており、トキヤくんセシルくんのよさみが、誠実さという人間性の部分をベースとして、身体性という方向性に引き出されており、大変おいしかったと思う(EDで練習シーン映ってたしね)。でも本当はスケボー18個量産するべきだったと思う。ほんとに。

 コスプレの話をすると……一番好きかもしれん。サッシュ(肩にかけてるリボン)がめっっちゃ好きな人なので、襟付き服ボーナス×サッシュでコスプレ点がめっちゃ高かった。シャツが複数色スプライトでかつ縦縞のサッシュとかオシャレ神かよ……普通そんなん破綻するだろう……あとさ、サッシュの色合いがフランス国旗色なのもよかったですよ。サッシュは好きであるものの、とはいえ彼ら3人にはちょっと権威主義的過ぎるアイテムのような気もしたのだが、自由・博愛・平等の色を使ったサッシュだからさわやかで、バランスが取れており最高やった(感涙)。

 

↓ここから各グループごとのナンバー。

 

・愛を捧げよ 〜the secret Shangri-la〜(HE★VENS

 曲はHE★VENSのが一番好きかもしれない。派手さと落ち着きがいい感じでアウフヘーベンしててヤバイ(2回目)。3人ユニットの後の7人グループパフォーマンスだったので、迫力がやばかった……上の方でも書いたHE★VENSのいいところが全部出ていた。こういうシックなのやらせたらHE★VENS一番いいすね。

 まずコスプレが良い。騎兵服! 騎兵服キライなヤツとかおらん。騎兵服は肋骨型の刺繍がボタンホール周りに入るため、装飾的な刺繍は胸の上の方に来てた。他のグループは縦の刺繍だけなので、唯一のダブル刺繍だからHE★VENS優遇だな!!(謎理論) あと騎兵服はマントがカッコいいのだが、シオンくん風のマントが一番好きだった。

 ナンバーの演出としては、なんか途中でステージがクレーン(なのかわからんけど)的なもので吊るされて空中輸送されるところがあり、そこだけカメラが真下から見上げるような入り方になっていて謎だった。アレにはどんな意味があるのか識者に聞きたい……なんらかの性癖に関係しているのだろうか……

・FLY TO THE FUTURE(QUARTET NIGHT

 ライブで一番スキなナンバーだったかもしれない。ステージの作り込みというか演出がなんか限界突破しているような気がする……。なんですかあの時空系召喚技は。。。時空系は最強論議においていつも最強判定されるからな……やはりカルナイ最強か(どうでもいい)まあ、カルナイは4人なので、どうしても7人ダンスと迫力バトルをすると一歩譲ってしまう側面があるような気もするが、全然負けてないですね!! 

 このナンバーはなんか「Fry to the future」部分がコールというか合唱レベルでみんな声出してたのですごくエモかったです……(私も暗記していれば……悔)。3年ぶりということを考えると、この歌詞って正直ST☆RISHあたりに歌わせた方がいいんじゃなかろうかまで思ったが、そこを自分で歌っていくのがカルナイですよ! カルナイ好き。

 MCのとこでカミュが本性出したときはめっちゃ盛り上がってしまった。カミュがおいしすぎる。

・ウルトラブラスト(ST☆RISH

 燃えすぎてヤバイ!!いろんな意味で! まああれか、あの会場には水出る機構もついてたからいざというときは消火もできるのか……(そういう話ではない)正直、すでにHE★VENSとカルナイで盛り上がり切っているところにこれなので、ドキドキがヤバかった。自分の心臓の音を聞くのはいつぶりだろうか……というくらいの盛り上がりだった。

 このナンバーはST☆RISHメンバーの覚悟というか責任感みたいなのが伝わってきて、そこがすごい好きだった。

・胸に灯せ 消えない夢を

星の名の名乗るなら、煌めき歌え!

 ↑みたいな、こういう責任感あふれる歌詞がすきなのですよ。そして応援してくれたファンに対する感謝が溢れており、一緒にやってきたな……という感慨に浸れそうだなと思った。3年間溜めて見てたら泣けただろう(お前ST☆RISHの感想そればっかかよ(本当にそう思うからしょうがないのだ……!))。

・マジLOVEキングダム(全員)

 1000パーから今日まで、のところめっちゃ感動した。。。。。。これが歴史の力である。でも3年間ためてから聞いてたらもっと感動だったろうな(しつこい)。ちなみにここは各グループが別グループのサイン(手の動き的なやつ)をやっており、なんか、お前ら本当に和解できたんやな……(感涙)という気分になった。

 あとこのナンバーで語るべきは、途中から汽車が登場するところだろうか。あの牽引車両が登場した瞬間「え!!!君たち帰っちゃうの!!!??」的な寂しさが押し寄せてきて辛かった……。一応映像的なお作法としては、汽車が走り出して始まった作品なので、汽車に乗って退場するのはすごくキレイだとは思うのだが、でもまだ帰らないでくれよ、という感情が爆発してしまった……。でも最後全員集合で決めてたのは最高だったよたしかに……。18人もいたら迫力あるよほんと……映画館で見れてよかった。

 

・Welcome to UTA☆PRI KINGDOM!!(全員)

 というか開始週はこのアンコールなかったってマジですか? アンコールなかったら寂しすぎて死んでしまうのでは……正直情報量多すぎるのと、ええ終わっちゃうのか辛いよ感でちゃんと細かく見れてないが*2、アンコールなかったら寂しすぎて鬱になってましたねこれは。(いずれにせよ鬱になるけど……)

 

 というあたりがセトリベースの感想。

 

 個人的に、初めて声だしOK上演に行って、詳しい方から「無法地帯」という話も聞いていたので緊張していたが、見る人のマナー普通によくて楽しかった。活気もあったし。しかもなにげに私もちょっと声は出したのですよ。最初のきんぐだーむ!! ってやるやつと、嶺二先輩に「まいぼーい」ってやってもらうところと、あと声出しではないが最後の拍手。みんな最後拍手してて、劇場の雰囲気はとても良かった。視聴環境はみんなで作るものだと思うのだが、そういう意味で責任感というか、自分たちの活動で作品をもり立てていこうという意識のあるファンが多いコンテンツなんだなと思いましたね。

 あとは今後、どういう風に作品が展開されていくのかというところはみんな気になっているんだろうなと思った。確かに永遠に続くモノは無く、これはコンテンツだけではなく人間関係とかも含めてそうだとは思うが、だけど人間の心の中には情熱の炎がある。これを燃やし続ける執念があれば永遠は作れる。今回キングダムで見せてもらった素晴らしいパフォーマンスは、つまりはそういった炎を燃やし続けたファンたちの情熱を映している鏡でもあるんだろうなと思った。

 うたプリの歴史と、それを支えたファンの皆様に敬意と感謝を捧げたい、そう強く思わせてくれる作品だった。

*1:何か私が知らない設定あるのかもしれんけど

*2:ここは何回も見るか推しだけ見てないと何も把握できないと思う……

GoTS8E5感想【ネタバレあり】「お前は鐘使っちゃだめだろ」という感情


Game of Thrones | Season 8 Episode 6 | Preview (HBO)

 

ゲーム・オブ・スローンズS8E5を見た。うん、落ち着いて考えると、やっぱりいい話だった。デナーリスの「狂王化」、脈絡ないと言われてるが、やっぱりそこについてはちゃんと書いておきたい。

 

二回目見て思ったのだが、まず鐘を鳴らしたのはサーセイの指示であることに気がついた。根拠としては

・そもそも理屈として、城としての降伏宣言ができるのは玉座に座るサーセイのみ。ロバート・バラシオン反乱時における「狂王」のときと同じ構造。

・ほぼ趨勢が決したとき、市民の「女王に伝えろ!」みたいな叫び声が聞こえる。ということは、鐘をならせるのはサーセイということになる。

・鐘が鳴らされる前後はサーセイがアップで映される。サーセイが「鳴らして」と言った瞬間だけ映さない演出のように見える。

というあたり。

一回目みたときは、なんかサーセイが鐘をならしたという意識がなかったのだが(市民がかってに?鳴らしたんかなーみたいなのりがあった)、明確に「サーセイが鐘をならした」と考えるといろいろ解釈が変わってくる。

今回、「鐘」が何を象徴しているか。それは正義の象徴である、と私は思っている。ここで正義と言っているのは、だいたい「誰でもその恩恵に預かることができる一般的なルール」という意味合いだと考えていただきたい。このとき、問題は「サーセイに正義の恩恵にあずかる資格があるのか?」ということだと思う。お前散々ルールを破ってきたのに、いまさら「鐘」使うのかよ、お前にその資格あんのかよという違和感だ。こういった、「お前鐘使っちゃだめだろ」という感覚は、分断の時代において生じやすいと思う。

例えば、最近性犯罪の裁判が無罪判決になってそれに反対運動をしていた人々が一定数いた。彼ら彼女らのメンタリティはおそらく「あいつは性犯罪を犯したのに鐘を鳴らしやがった!」というものなのだと思う。無罪判決が出たのに、運動者たちの怒りはおさまらず、むしろ闘争が展開された。ちょうどデナーリスが、鐘がなったあとキングスランディングを焼いたのと同じである。つまり、正義というのは一般的言えば万人におよぶはずなのに、その適用外に置かれるべきだ!!!と判断されるような人間、例えば性犯罪の容疑者などが、事実として存在しているのである。彼には、正義の恩恵に預かる資格がなかった。

あるいは、リベラル派を揶揄することしかできない人々も同じだ。あの手の人々は「じゃあこれはどうなんだよ?(例:じゃあ共産中国のチベット政策は~)」と言って話題をずらすのが得意と分析されているが、それは彼らの論点がまさに、「正義はなぜ一般的に適用されないのか?」というものだからだ。彼らは、正義が何かは分かっているが、それが適用されるorされないが極めて政治的に決定されているという現実を前にして一種のいじけモードに入っている、ある意味でナイーブに正義を信じている人々だ。彼らの言っていることは、じつは「無罪になった性犯罪者に制裁を加えろ」と質的に同じ主張なのである。つまり、「LGBTやらクジラに対しては鐘をならすあいつらも、弱者である俺に対しては鐘をならしてくれない」ということが彼らの不満げな態度の根源的な原因なのである。

デナーリスがキングズランディングを焼いた、ということは、それ自体としては脈絡のない狂王化としてしか理解のしようがない。しかし、鐘を鳴らしたのがサーセイ、という点と組み合わせれば、極めて今日的な問題設定の上に築かれた演出、ということになるだろう。つまり、「お前は鐘使っちゃだめだろ」という感覚に対して、我々がどう向き合っていくべきなのかという、今日的な問題設定だ。

こういった感情に人々が振り回されるのは、結局正義のバックボーンである権威がめちゃくちゃに傷つけられ、市民の持っている政治的意識と懐疑心が大きくなりすぎているからである。よって、玉座に強力な王が座り、秩序を回復することが求められる。……のであるが、それが方向性としてかなり間違っていることも、我々は歴史から学んでいる。ゲーム・オブ・スローンズ最終話に求められるのは、まさに、傷つけられた正義の上に、いかにして和解を打ち立てるのか?という問題に対する回答だ。きっと誰もがこの問題への回答を探している。だからこそ最終話、楽しみにしたい。

 

負けヒロイン的世界観の不滅を証明した傑作『リズと青い鳥』感想(ネタバレあり)


『リズと青い鳥』ロングPV

 

 

 ピカデリーで『リズと青い鳥』を見てきた。久しぶりに映画をみたが、やっぱり映画館はいいな。この作品だったから特にそう感じられたのかもしれないけど。というかほんと忙しいと映画見れなくなる……

 

 さて、『リズと青い鳥』。まず何よりも非常にまとまりのよい映画である。『響け! ユーフォニアム』シリーズのスピンオフ作品とのことだが、特に原作の知識を要求しない作りなので、原作を知らない私のような人間でも楽しめる。また、上映時間は90分で無駄なシーンが無くちゃんと終わるのも素晴らしい。そういう意味でとても洗練されている。

 

 ストーリーはかなりドキドキさせられる作りになっている。言ってしまえば、これは「負けヒロインの逆襲劇」としてまとめることができる映画で、なんというかスピンオフだからこそできる作劇の仕方、という印象がある。明るくてコミュ力もある同級生の希美に対して、憧れと依存の入り混じった感情を抱いていた主人公みぞれ。みぞれはどうなる……というと、まずこの時点で、みぞれに勝ち目がないことが分かるだろう。のぞみは極めて「負けヒロイン」的なメンタリティを持ったキャラクターで、普通にやったら自滅or即死して終わりである。はい、解散解散。

 

 が、しかしである。『リズと青い鳥』では、この正統派負けヒロインが逆襲に成功する。めったにないことである。一体どういうしかけでそれが可能になっているのか。ギミックは2つある。劇中劇による相対化と、青春時代の成長、の2つだ。

 

 ギミックの1つ目は、劇中劇の採用である。通常、負けヒロインが思いつめて自滅する系の話を作ろうとしたら、負けヒロインの極めて狭い思考範囲に対して、作品の方も全力で付き合ってあげなくてはならない。作品のカメラと負けヒロインの視線は、完全に一致していなくてはならないのだ。つまり、観客だけがメタ的に「こいつ思いつめすぎだろ……」とツッコミを入れることができるようにしておかないと駄目なのである。他人の視点を入れてしまうと、深刻さが相対化され、希釈されて、台無しになってしまうからだ。だがその路線で行く場合、負けヒロインは自分の抱えている問題と正しく向き合えず、迂遠な戦略に全リソースをぶっこむので、必ずその宿命を全うする。すなわち、敗北して終わるのである。

 

 じゃあどうすればいいのか。もっと言うと、どうすれば負けヒロインは自分の狭い世界を相対化することができるようになるのか。そう、劇中劇である。劇中劇は言うまでもなく、メタ構造を作品に与えることができるギミックの代表格である。もちろん、劇中劇の内容を主人公たちがどう受け止めるか、という点は結構議論の余地のある問題である。ようは、劇中劇を出した瞬間、その劇中劇がどんなにくだらないものであっても、主人公はそれを真面目に受け取る話の作りにせざるを得なくなる。「でもさ、こんなしょーもねー話に真面目になる高校生がいるか?」というわけだ。『青い鳥』についていえば、この問題はクリアされているだろう。まず何よりも、劇中劇のシチュエーションは当然のことながら、主人公たちが直面しているシチュエーションに似ている。だったらムキになっても変な話ではない。また、細かい演出面を見ていくと、例えば希美が劇中劇の絵本を借りるのに対して、みぞれは岩波文庫の方を借りる、など、こういう幅を作っておくことで、キャラクターが劇中劇にコミットすることの納得感をちゃんと描いている。その辺は丁寧な仕事が光っているところだ。

 

 劇中劇の導入によって、負けヒロインたるみぞれちゃんは、自分が囚われている問題を相対化して眺めることが可能になる。この映画はそこからがとてもおもしろい。というのも、実は負けヒロインキャラがこういう地点に立つことが許されるということは、ほぼないからだ。それこそ二次創作SSとかじゃない限り、という留保はつくが。

 

 ここで、先にもう一つのギミック、「青春時代の成長」についてもまとめておきたい。さて、最初に負けヒロイン理論について整理する。負けヒロインの構成要素として、冒頭にも書いたように「憧れと依存」をあげることができる。依存がある種の視野狭窄をもたらすのに対して、憧れは、能力格差に由来する。グロテスクな競争の場でもある学校という場において、負けヒロインはだいたい、「(何かについて)すごいあの人」と「なんでもない私」という規定を最初に行ってから、妄想に突入する。この場合、仮想的な上下関係・主従関係が想定されているので、負けヒロイン内では、「私は下」というコンプレックスめいた意識がかなり強烈に発生する。だからこそ、負けヒロインは「対等関係」を目指してめっちゃ頑張ったりするわけである。というよりも、負けヒロインにとっては「対等関係」こそが究極的なゴールだったりする。故に、力を求めて悪落ちしたりする負けヒロインも多いのはご存知の通りである。*1

 

 そういった上下関係は、もちろん、健全な形で解消することもできる。だが『青い鳥』が面白いのは、この上下関係を解消させずに(つまり、「対等関係」という飴を安易に与えてしまわずに)、むしろ逆転させてしまうところにある。つまり、負けヒロインが実力で想い人を上回ってしまう、ということだ。言うまでもなく、負けヒロインが脈絡なく高い能力を発揮するのは死にフラグか夢オチかであって、それ以外の理由で高い能力を発揮することは殆ど無い。それこそ、二次創作SSを除けばという話になるが。

 

 まとめよう。『青い鳥』という作品は、極めて正統派・標準的な負けヒロイン的特徴をそなえた主人公であるみぞれが、「憧れ(能力的上下関係)」と「依存(視野狭窄)」を単純に解消するのでなく、むしろそういった問題系の延長線上において、その先に存在している、けれども描かれることの極めて少ない問題に立ち向かう物語、という性格を強く持っている。故に、この構造がはっきりしてからのハラハラ・ドキドキ感は半端ない。みぞれ、お前は一体どうするんだ!? 何になろうとするんだ!? お前は今、日本負けヒロイン界のフロンティアを突き進んでいるんだ! ということである。

 

 結論は、「負けヒロイン的世界観は不滅」ということだと、私は受け取っている。そして私はこの結論を、ひとまず肯定的に評価している。

 

 まず、一転攻勢のやり方が非常に「迂遠」で、これは負けヒロイン的ですごく美しかったと言わねばならない。すなわち、自分の問題を相対化し、自らの高い実力とも向き合うことに成功したみぞれは、希美に逆襲するわけだが、その逆襲は、劇中劇的構造を経由して(間接的アプローチ!)、そして、二人の能力がぶつかり合う戦場とでも言うべき、吹奏楽部での全体練習という場において(これまた音楽という手段によって間接的に!!!)なされる。

 

 この圧倒的大胆さ、あるいはピーキーさ(事前に調整とかしてない! いきなりドカンと来るのが負けヒロインの特権だぜ!)、そういった側面をもちながらも、しかし同時に圧倒的に迂遠で間接的なこの一転攻勢は、感動的なことに、想い人に対してだけ特別なニュアンスを持って、完璧な形でぶち刺さるのである。これは、正統派ヒロインには絶対にできない、負けヒロインにだけ許された告白なのである*2。負けヒロイン的世界観が、スクリーン上で全面的な勝利を収めた瞬間を収めた貴重なフィルム、それが『リズと青い鳥』なのである。

 

「だがちょっとまってくれ! その後ふぐ水槽の近くでいろいろやってただろ!」 

 無論、そのとおりである。だが私は、ふぐ水槽近くでの問答こそ、負けヒロイン的世界観の不滅を証明するシーンだと確信している。というのも、みぞれはあの時ふられている。みぞれはしっかりと想いを伝えた一方、結局希美からは「ゼロ回答」しか引き出せなかったわけである。だが、それがこの映画のオチとして非常におさまりがよいのである。二人は真面目に付き合うこともなかったし、みぞれがその立場を利用して希美を「監禁」することもなかった。あの問答は関係の進展には全く寄与していない。ただし、二人が別々の人間で、別々の生き方があることを両者に強く自覚させることは確実にできた。無論、そんなこと当たり前だ。けれども負けヒロインにとっては、実はこの瞬間こそが一番大事なのだ。つまり、「お互いに別々の生き方を認める」という状況においては、もはや一方通行は終わっていて、そこにはみぞれ→希美というルートだけでなく、希美→みぞれというルート・まなざしも生まれている。そう、あの瞬間、件の「対等な関係」が、単純な能力の話を超えて、二人の人間の間に存在するものとして、しっかりと出現しているのは明らかだろう。そして負けヒロインにとっては、それこそが究極的なゴールなのだ(チューとか付き合うとかじゃなくて)。だからこそ、私はあのふぐ水槽近くの問答が、負けヒロインたるみぞれの成長物語たる『リズと青い鳥』の着地点として、とても辛いんだけど、しかしふさわしいと思うのである*3

 

 

 

*1:なお、負けヒロイン理論に基づけば、悪落ちした負けヒロインが想い人と対決するシーンは、ある種の「対等関係」欲求が完全に満たされた状態なので、負けヒロイン応援勢的には盛り上がるシーンだったりする。

*2:無論、正統派ヒロインにもこれはやれます。ええやれますとも。でもこれが成った時の感動量は、比較になりませんね

*3:そういうビターな着地点だからこそ、最後の「はばたけ!」がとても感動的なのだとも思う。

この時代じゃなくてもいいんじゃない? 『スターウォーズEP7 フォースの覚醒』感想


Star Wars: The Force Awakens Trailer (Official)

 

 EP8に先立って、7を見とかんといかんなということで見た。まあなんだ、正直スターウォーズシリーズの新しい三部作はもっとも面白くできたっしょ……となった。もちろん、いいところはたくさんある映画であるが……期待値が高すぎたんですかね。

 

 最もよかった点は、かつてルーク1人に背負わされていた役割が、複数のキャラクターに分散して配置されていたという点。(逆に考えると、EP4のルークはアホみたいにたくさんの仕事してましたよね。だって、ベイダーとの対決もあれば、デススターへのミサイル攻撃もあるわけだしね。)やはりヒーローひとりでなんでもやってしまうというのはいまどきあまり流行らないわけで、チームワークとかを強調するところは見ていて面白い。各チームの働きがかみ合って何かを成す、という構造はシリーズを通して徹底されているし、『ローグワン』とかではより徹底されていた印象で、スターウォーズフランチャイズの強みだと思われる。また、もっと言ってしまえば、スターウォーズはサーガモノなので、複数のキャラを立てて群像劇的性格を作品に持たせるのは相性としてはいいなと思った。個人的にはポーの絶対的エースって感じがすごく好き。騎兵隊枠だね。

 

 が、よかった点のそのまま裏返しになってしまうが、正直EP7は問題も多い作品のように思われる。まず私が決定的によくないと思ったのは、主人公クラスのキャラクターが多すぎるという点だ。背景説明をおざなりにしかできないため、キャラがどうしても薄っぺらい。フィンの脱走、カイロ・レンのダークサイド堕ちなど、それだけで話が作れるくらい深刻な葛藤があると思うのだが、そういうのもさらりと流されてしまう。新規キャラに加え、ハン・ソロとレイアの筋もあるわけで…… もちろん、随所に見られる過去作リスペクト演出によって、ある程度、逆説的にはあるけれど、作品が単純な再演に堕すことを免れているとは思うのだが、それにしても尺が足りねえ! という印象はぬぐえない。

 

 それから、いわゆる「強い女性」の描き方も、正直テンプレ以下だな、と感じた。なんというか、日本アニメとかでよく「主人公と戦う時だけ敵がアホになる」という現象が指摘されたりするが、そういうノリである。例えば、映画序盤でフィンが唐突に「レイの手を引く」というシーンがあるけれども、個人的に、フィンがああいう行動をとることに対する納得感はほぼなかった。だってフィンは冷酷な殺人マシンとして育成されたと自ら宣言しているわけだし、兵営で暮らしていたなら、知り合いの女性と言えば兵士ばっかりだったんだろうと想像がつく。ということは、「女性=か弱い→助けなきゃ!」みたいな錆びついた回路がフィンの中に形成される余地があるんだろうか、とか、そういうところがかなり疑問だ。というか、そもそもレイが2対1という数的不利をひっくり返してしまう戦闘シーンをわざわざ見せてるわけだから、それでもう視聴者もフィンも、レイの強さを了解できるわけじゃないですか。なのにわざわざあの流れ。しつこいし、ちょっと説教くさい。さらに言えば、あのシチュエーションでレイが「手を引かないで」とか言い出すのも、うーん。それってあの状況でそんなに重要な論点ですか? 黙って手を振りほどいて、「こいつ何やってんの?」的に首をかしげ、ダッシュ、でよくないか。

 

 カイロ・レンの使い方も、あまりうまくないというか、へたくそだと思う。カイロ・レンは絵にかいたような「家父長制内面化失敗男子」である。つまり、甘ったれていて、幼なく、未熟で、その上いじけ癖と癇癪持ち、しかも親を幻滅させるのが得意、というキャラクターとして描かれているわけで、悪党キャラクターというよりも、むしろ主人公とぶつかって改心される枠である。こいつを敵として引っ張る意味はあんまりない。
 なぜなら、まず第一に、今作の主人公はレイなのだから、レイの敵キャラはもっとオーソドックスな強キャラ=乗り越えて意味がある壁として設定するべきだ。だって、そういう単純さこそがスターウォーズの魅力、分かりやすさなわけじゃないですか。カイロ・レンのような未熟な坊やとの戦いを通して、レイは何を学べますか? え? ぐずってる子どものあやし方とか? それこそ差別的だろう(耐え難い差別だ)! 
 第二に、カイロ・レンを引っ張るということは、スターウォーズ新三部作を「強い女の子との戦いを通して、いじけ男子が改心する物語」にするということを意味しているわけで、いや、それはスターウォーズの仕事じゃないだろ、何がどう間違っても! と私はどうしても思っていまうわけである。一応言っておくと、「強い女の子との戦いを通して、いじけ男子が改心する物語」、私は個人的にとても好きだし、カイロ・レンもキャラクターとして単体で見ればとても魅力的だと思うが、スターウォーズという極めて公共的な作品にそれらが必要か、という点で考えると、どうしても疑問符がついてしまう。だってねえ、そんなん見て喜ぶのは一部の自信がない男性諸君だけじゃないですか。スターウォーズは子どもとか、それこそ女性が見ても楽しい作品であるべきなんじゃないんですかねえ?

 

 と、まあ、いろいろ言ったが、最後に一つだけ。ディズニーがスターウォーズを買ったのは、やっぱりいいことじゃないなあ、と改めて思った。正直、今回の三部作は、EP7を見る限り、これまでの積み重ねがかなり悪い方向で作用していると思う。つまり、ディズニーが「シリーズを尊重する」というスタンスを取ることが、変えるべきところすら変えられない怠慢・惰性につながっているのではないかと、と思うのだ。「守る」というエクスキューズによって結果的にシリーズを破壊しないことを祈るが……

 まず何よりも、三部作で扱う時代は変えた方がよかった。だってさ、全然盛り上がらないし、景気悪い話じゃないですか。ハン・ソロの息子が裏切ってベイダーゴッコしてるシチュエーションって、絵がキッついじゃないですか。『ローグワン』の成功からも明らかなように、スターウォーズフランチャイズ作品においては、主要キャラが登場するかどうかとか、原作小説とか、設定とかも、わりとどうでもいいわけで、あんまその辺に引っ張られなくてよかったんじゃないかなと思う。そもそも「旧共和国では日本刀風のセイバーが使われていた」という設定が仮にあるとして(あるのだが)、そんなことは一般視聴者的にはわりとマジでどうでもいいことだし、作品のおもしろさになんら貢献しないじゃないですか。だから正直、EP7~9は、EP6からの流れとか意識せずもっと別の、話的に盛り上がる時間軸を扱った方がよかったんじゃないかなあ、と思いますね。「帝国崩壊後に成立した新共和国に支援されたレジスタンスVS帝国軍残党を背景にしたファーストオーダー」って、ガンダム並みに複雑じゃないですか。説明もないし、よくわからんのですよ。
 そして、まあ言ってはなんだが、俳優も変えた方がよかった。というか、昔と同じ俳優を使うことによって作品がよくなるわけない!!ってみんな分かってるはずじゃないですか!! 三部作で扱う時間軸を規定したのは、一つはまあ「昔から決まってたから」(と同時に、「ディズニーが」その決定事項を動かした、という事態を避けたかったから)だと思うのだが、やっぱり、俳優の年齢、という要素も大きかったんじゃないですかね、と個人的には思っている。ぶっちゃけ、俳優そろえる必要性あったかなあ…… ハリソンフォードの代わりにクリスブラットでもいいじゃん。こういう言い方すると「老人ひっこめ」と取られかねないからもう少し詳しく書くと、結局ですね、「ハリソンフォードにもっかいハン・ソロをやってもらう」、という制約をいくら愚直に守ろうが、脚本とか演出とかキャラ造形とかと向き合わん限り、いい作品は生まれんのですよ、ということを言いたいのですよ。ハン・ソロが「帰ってきたぞ」と発言する数秒がほしいってのなら、映画じゃなくて、トレーラーかショートムービーでやるべきなのである。

 

 まあ、という感じでいろいろアレだったが、義務的に8は見に行く予定です……

 

バーテンダーになって家の電気を止められるゲーム「VA-11 HALL-A (ヴァルハラ)」感想

VA-11 HALL-A (ヴァルハラ)の感想記事です!!ネタバレ注意!!!

 「ヴァルハラ steam」の画像検索結果

 

 

12月25日(日曜日)

 

f:id:erowama:20130906200333p:plainメリクリ! 

f:id:erowama:20130906200333p:plainバーチャルユーチューバーより可愛いという噂の翔鶴です!

f:id:erowama:20130906200340p:plainおはずい~~。語尾にズイつけるとかいう雑なキャラ付けで配信したら結構人気出そうな瑞鶴です!

f:id:erowama:20130906200333p:plain今日は楽しかったゲームを紹介するよ。

f:id:erowama:20130906200340p:plainまた随分過激な導入だね。

 

f:id:erowama:20130906200333p:plainこれ!! めっちゃ面白かった。

f:id:erowama:20130906200340p:plain日本語版もあるね!!

f:id:erowama:20130906200333p:plainそう。しかも今*1セール中だから!

 

 どんなゲーム?

f:id:erowama:20130906200333p:plainバーテンダーの「ジル」になって、色んなお客さんにお酒を振る舞うゲームだよ。

f:id:erowama:20130906200333p:plain画面はこんな感じ。画面←の赤い人がお客さん。

f:id:erowama:20171224210427p:plain

画面右側にあるのが、カクテル作成用のインターフェース。

f:id:erowama:20130906200340p:plainお酒ねえ。大人っぽいな。

f:id:erowama:20130906200333p:plainうん。実際、大人向けだと思うよ。

f:id:erowama:20130906200333p:plain特に物語的派手さはないんだけど、

f:id:erowama:20130906200333p:plainバーテンダーとして、色んな背景を持ってる人の話を聞いてあげるの。

f:id:erowama:20130906200340p:plainお酒作るのがちょっとパズルゲー風味なんだよね。

f:id:erowama:20130906200333p:plain私どんくさいから結構失敗した……( ;∀;)

f:id:erowama:20130906200340p:plain(´・ω・`)

f:id:erowama:20130906200333p:plainでもやってるうちにうまくなるから

f:id:erowama:20130906200333p:plain最後は「私……バーテンダーの才能ある!?」ってなるよw

f:id:erowama:20130906200340p:plain成長も楽しめるということか。

f:id:erowama:20130906200333p:plainオンザロックと熟成ボタンは見落としがちだから気をつけよう。

 

家でこたつに入ったりできる 

f:id:erowama:20130906200333p:plainゲームは、お家編とお店編、交互に進んでいくよ。

f:id:erowama:20130906200333p:plain↓これはお家編。

VA-11 Hall-A ヴァルハラ 日本語版

左側がスマホ画面。ニュース見たりできる。なお、鍵マークは長押しで解除。

f:id:erowama:20130906200333p:plain右下にお金あるじゃん。これが結構大事で。

f:id:erowama:20130906200333p:plain私は一周目電気料金払えませんでした……(半ギレ)

f:id:erowama:20130906200340p:plain電気料金払えなくて電気とめられるゲームなのか……

f:id:erowama:20130906200333p:plain電気料金止められると、仕事中に「スマホの充電どうしよう」とか考え始めちゃって、カクテル作る時のヒントがなくなっちゃうのよね。

f:id:erowama:20130906200340p:plain世知辛い……

f:id:erowama:20130906200333p:plain電気代は8000ドル、家賃は10000ドルなので、ちゃんと貯めましょう。

f:id:erowama:20130906200340p:plain電気代払えないと電気とめられるってことは……

f:id:erowama:20130906200333p:plainそう、家賃払えないとホームレスです……

f:id:erowama:20130906200340p:plain酷い……

 

キャラとか個別評価

 

f:id:erowama:20130906200333p:plainとりあえず気に入ったキャラを紹介するよ!

f:id:erowama:20130906200340p:plainよしきた!

f:id:erowama:20130906200333p:plain一番気に入ったのはね~~~

f:id:erowama:20130906200333p:plainとりあえず主人公のジルが良かったかな。

主人公のジル。バーテンダー。かわいい。

f:id:erowama:20130906200340p:plainあ、主人公。

f:id:erowama:20130906200333p:plainうん。

f:id:erowama:20130906200333p:plain聞き手にまわりつつも、結構自分のことも喋ってくれるし、

f:id:erowama:20130906200333p:plainクール気取ってるけど、結構感情的なところも見せてくれるし、

f:id:erowama:20130906200333p:plainあんまお金ないけど、教養はあるし、でもそれを自慢しないしで、

f:id:erowama:20130906200333p:plainあと、何よりジルさんが「和解に失敗したキャラクター」ってとこね。

f:id:erowama:20130906200333p:plainこういうキャラが自分の幼さを乗り越えて前に進んでいくのは感動的なものです。

f:id:erowama:20130906200340p:plain絵だけ見るとスーパークールって感じだが……色々あるのか。

 

f:id:erowama:20130906200333p:plainあと、グッと来たのはこの二人ですかね。

With armor

ホワイトナイトのセイと、お嬢様のステラ。

f:id:erowama:20130906200333p:plainこういう組み合わせ好き。

f:id:erowama:20130906200333p:plainクラスルームには確実に溶け込めない天使とお嬢様が、こういう場末のバーでイチャイチャしてる感じ、いいですね。

f:id:erowama:20130906200333p:plain好き……

f:id:erowama:20130906200333p:plainあと、このカップルの関係にはちょっと非対称なところがあって、

f:id:erowama:20130906200333p:plainステラはズイズイ行くタイプなんだけど、セイはそういう面であまり感情をオープンにしないんだよね。

f:id:erowama:20130906200340p:plain(ズイズイってなんだよ……)

f:id:erowama:20130906200333p:plainセイが弱ったところで、ステラは結果的にそこにつけこむ! やっと非対称な関係が解消された! とステラは一次的には喜んでしまうんだけど、でもすぐそういう感情を抱いたことを反省してしまうのよね! ステラいいやつ!! 最高!

 

f:id:erowama:20130906200333p:plainあと、この人も好き。お姉ちゃん特権です、って感じで。

f:id:erowama:20130906200340p:plain(私は何も聞いてない……)

f:id:erowama:20171224213247p:plain

アルマ。ハッカー

f:id:erowama:20130906200333p:plain危うさの人かと思いきや、圧倒的安定感の人でした……。

f:id:erowama:20130906200340p:plain安定感……なの? まあ、経験に裏打ちされてる感はあるが……

f:id:erowama:20130906200333p:plainあと、接客業をやると「この客か……うざいな」とか「ちょうど良いところに!」みたいな感じで

f:id:erowama:20130906200333p:plain客によって来た時の嬉しさみたいなものが徐々にできてくるんだけど、

f:id:erowama:20130906200333p:plainアルマが来た時の圧倒的安定感、安心感ね!

f:id:erowama:20130906200333p:plainジルみたいなキャラが心を開いてる相手としてこれ以上ないくらい適切な人ですね。

f:id:erowama:20130906200333p:plainあと、仕事できそうな雰囲気がやばい。仕事お願いしたい。

f:id:erowama:20130906200340p:plainあ、そこは「一緒に仕事したい」じゃないんだ?

f:id:erowama:20130906200333p:plain私どんくさいところあるから……

f:id:erowama:20130906200333p:plainこの手の有能キャラと一緒に仕事したら、軽蔑されそうで……

f:id:erowama:20130906200340p:plainもっと自信持って……

 

f:id:erowama:20130906200333p:plainただ、この人はちょっとテンプレすぎたので、ひねりほしかったね。

f:id:erowama:20171224214324p:plain

ドロシー。セックスワーカ。

f:id:erowama:20130906200333p:plainなんか幼いキャラにはドロシーって名前つけとけばいいみたいな風潮あるじゃん。

f:id:erowama:20130906200340p:plain怒ってるの?

f:id:erowama:20130906200333p:plainいや、そういうのって大事なんだなって。ドロシーはドロシーって感じのキャラだから……

f:id:erowama:20130906200333p:plainまあ、「いい娘」感はんぱない。

f:id:erowama:20130906200333p:plainでもまあ、ちょっとテンプレすぎた感はあったかね。

f:id:erowama:20130906200333p:plain2017年のセックスワーカの描き方として、まあ、そうなるな……って感じの、あまり驚きはないキャラクターで、

f:id:erowama:20130906200333p:plain明るいキャラ性を隠れ蓑にして、実は説明的なセリフが多すぎる感があった。

f:id:erowama:20130906200340p:plainいや、ゆーてこのゲーム、ほとんどのキャラは王道キャラでは? なぜドロシーさんにだけそんな非難めいた指摘を……

f:id:erowama:20130906200333p:plainこの子一人にサイバーパンク説明を過剰に背負わせてしまった感があり、それが申し訳ないな、と。

総評:閉塞感の先に何かある系の話としてはいい感じ

f:id:erowama:20130906200333p:plainとりあえず、このゲームをやって真っ先にコレを連想しました。

ランナーズ・エクリプス – Abaraya Games

 

f:id:erowama:20130906200333p:plainランナーズ・エクリプスは、閉塞感×閉塞感×閉塞感って感じで、ひたすら息がつまりそうになる感じが魅力で。

f:id:erowama:20130906200333p:plain「VA-11 HALL-A」も、そういう息苦しさが随所に散りばめられているという点ではかなり成功していたかと。

f:id:erowama:20130906200333p:plainただ、主人公がバーテンダーということもあり、体制がどうとかいうあんまり大げさ・大仰な話になっておらず。

f:id:erowama:20130906200333p:plainかといって、状況に翻弄されるだけの無力感を大げさに扱っているわけでもなく。

f:id:erowama:20130906200333p:plain月並みだけど「一生懸命生きてる人たちの成長を肯定する」っていう話で、すごく勇気をもらえましたね。

f:id:erowama:20130906200333p:plainあと、↓みたいに、ゲーム中のキャラとのインタラクションが独特で、たまにハッとされるような演出が多くて、飽きが来なかったですね。

 

 

 

 f:id:erowama:20130906200333p:plainというわけで、年の瀬のお供に、あなたもオススメの一本です!

f:id:erowama:20130906200340p:plainぜひやってみてね!

 

おわり。

 

 

*1:スチームにて。2017年12月24日時点。

やっぱりロマン主義と夢はズッ友! リヴェット『嵐が丘』感想

 新文芸坐ジャック・リヴェットの『嵐が丘』を見てきた。うん。非常に勉強になった。大寺眞輔さんの講義を聞く度に思うが、これこそがインテリの仕事だ……となる。

 とりあえず映画自体の一次的な感想は「ちょ、ちょっと待って!! ロマン主義が入ってないやん! ロマン主義が見たかったから『嵐が丘』を注文したの!」で、ザ・淡白映画だな……という感じだった。だって『嵐が丘』ですよ。パッションと感情の殴り合いになって欲しいじゃないですか。が、そんなことはなく、件の名言も流されていたのでかなり肩透かしという感じだった。あと、語りの構造が『アマデウス』っぽい感じ(つまり二重構造)になるもんだとばかり思っていたのだが、リヴェット版『嵐が丘』は非常に一次元的な(古典的な?)語り文法で終わってしまったので、そこもちょっと残念だった。回想とか、あるいは日記や手紙というものが持っている悲劇性というか感傷性、もう何もかも手遅れなんだよ感は、ロマン主義的演出に必須のアイテムだと私は思っているので、正直、第一次の感想は「お前ことごとく外してきやがんなリヴェットこの野郎……」であった。

 しかし、大寺眞輔さんの講義を聞いて、リヴェットが彼なりに『嵐が丘』に対してアプローチしていたことが分かったので、色々と納得できた。例えば、屋内の構造が迷宮めいていて、それが窒息感の演出や原作が持っている入れ子構造の再演に貢献しているという論点はすごく確かになとなった。やっぱり屋内映画だと「この建物の間取りどうなってんの」的視点は必須だと思い、私も気をつけてみていたのだが、普通にカオスすぎて正直ちょっと不気味だった。たしかにこの込み入ってる感じが非常に『嵐が丘』っぽいとは思う。

 講義で一番おもしろかったのは、リヴェットは非常に自然主義的に『嵐が丘』をやってるんだという話。非常に興味深かった。うん、その通りなんですよ!! でもそれは「アンチ・ロマン主義」なのではなく、リヴェット的な『嵐が丘』表現なのだ、という気もしている。たしかに、ウィリアム・ワイラー的な演出は、ロマン主義のクソダサイ側面が全面化しているので、そういうのと距離を取って『嵐が丘』をやってくれたのはそれはそれでありがたいことなのだなと今は思う。というか、ロマン主義と距離を取りながら自然主義的にロマン主義をやると、ある種ロマン主義が向き合うのが不得意な「現実の陳腐さ」みたいなものとちゃんと向き合える分、その陳腐さの中にしかしちゃんと存在している感情がかなり洗練されて、というか先鋭化されて描かれているのだという考え方もできるよな、と思っており、そういう視点で見ると中盤の盗み聞きシーンは非常にいいシーンだと言えると思う。この考えに至れたのはかなり収穫。

 ちなみに、講義では触れられなかった論点として、「時間」とか「執念」の話をあげておきたい。私見ではあるが、『嵐が丘』を語る時には、時間とか執念の問題を避けて通れないと思う。両者とも極めてロマン主義的な代物だし。小説では、ある意味で作品をサーガモノにしてしまうことで上記の問題を扱っているわけだが、ではリヴェット版ではどう扱っていたのかというと、それは「夢」によって扱っていた、と言えると思う。大寺眞輔さんは夢はバタイユの影響と言っており、それは史的には正しい理解なのだろうが、私はリヴェットの夢表現にロマン主義をビンビン感じた。夢は時間を超越できるので、作中における時間経過を夢によってつなぐのは手法として非常に映画的であると同時に、実はロマン主義っぽいよなと思った。このあたりにリヴェットのエミリー・ブロンテリスペクトを感じることができるのではないかと思う。そして何より、「夢」は「執念」も象徴しているのが私的にグッドポイントだった。リアリティのラインをちょっとズラしてしまうほど想ってるんですよ、というほとばしる情熱を、どうにか陳腐な現実と同居させる方法があるとしたら、それはいろんな意味で「夢」でしかありえないのだろう。やっぱり、ロマン主義と夢はズッ友! なのである。

2017年のバブミ描写はデマンド・サイドから描け! 『湯を沸かすほどの熱い愛』感想(ネタバレあり)

youtu.be

 新文芸坐で『湯を沸かすほどの熱い愛』を見てきた。うん、よかった! 母性映画なんだけど、「母親の献身!!」で勝負する映画ではなかったので安心して見れた(そもそもそんな映画、2017年に見たいと思うかね?)。私の整理によれば、母性とは「女性が特有に持っている能力」ではなく、「子供性に対してケアと包摂を提供する態度」である。その意味で、実は母性を描く上では供給サイド(例:あの子のために服作ってあげたよ)を描くだけではまったく不十分で、需要サイド(例:この子はなぜ服が欲しいなどという甘えた態度を取っているのか???)の説明が必要となってくる。ところがこの文脈で、「甘えの需要サイド」とでも言うべき側面を描くのは極めて難しい。なぜなら、我々は甘えたクソガキを見せられるのだが大嫌いだからである。深夜アニメでも嫌なのだから、金を払って見る映画ではなおさらである。さて困った、どうするか? という問題に対する回答が『湯を沸かすほどの熱い愛』という作品である。

 『湯を沸かすほどの熱い愛』がなぜ甘えたクソガキを観客に見せつけるのに成功しているのか。その答えは一つ、リアリティがあるから、である。この映画、子供が本当に子供っぽい。子供が映るたび、「うわつ! このいじけ方、俺もやった!」とか「この喋り方完全にちっちゃい頃の俺なんだが……」みたいのが連発されるため、この映画はまず第一にケアの対象である子供の子供性みたいなものを極めて強い説得力で観客に示すことに成功している。ゲロを吐いたりお漏らしをしてしまうシーンとかの使われ方も非常にうまい。まあ、「あ^~~~批評家好みっぽいんじゃ^~~~~~」とはなる演出ではあるのだが、それでも有効であることに変わりはないわけで。説明がない、ということは、美的な美しさを調達するのにも役立っているし、「子供って謎なことするよね」的な子供あるある感の調達にも貢献している。結果として非常に高いレベルで子供性のリアリティが出ているのだと思われる。

 そして「子供性」を語るのに成功したのなら、もう勝負はついているのである。つまり、一定のケアを必要とするところの「子供性」がしっかりと描かれてしまえば、供給の納得感もまた非常に高まる、と私はこの映画を見て感じたのだった。こう書いてしまうと、「女性には遺伝子レベルで母性がインプットされてるから赤ん坊を見ると母性目覚めちゃうんですよ」的な文章に見えなくもないのでアレなのだが……まあ、私の「母性」定義は冒頭に書いている通りである。「無償の愛」路線の母性が完全にオワコンと化した今、我々は供給サイドからの母性映画(お母さん頑張ってるんやで!!「だけ」の映画)を見ても全然楽しめない、というのが前提である。その上で、ではもし「お母さんの愛情」なるものに我々が納得する余地があるとすればそれって何なのよ、という風に考えることで、母性をなんとか救い出そうという試み。それが『湯を沸かすほどの熱い愛』なのではないかと思う。この試みの良し悪しはあるだろうけれども、個人的には好きなタイプの挑戦だったと思っている。

 ちなみに、私はこの映画のオチはすごく嫌だった。まあなんというか、私の宗教的な保守性とでも言えばいいのかなあ。うーん。いや、いいとは思うのだが、しかし……うーん。っていうかフォントも嫌だったし。まあ、ああいう感じで最後シリアスラインを崩さないとヤバすぎるオチではあるだろうから、いいと言えばいいのだろうかねえ。