完全なる童貞のオナニー 「アイアムアヒーロー」感想

 

あらすじ 

 漫画アシスタント業鈴木英雄(35歳)は冴えない日常を送っていたのだが、ある日ゾンビの大量発生事件に巻き込まれてしまう。戦いを通して英雄はヒーローとなることができるのか……

 

童貞的には正しい作品

 このマンガの原作は序盤の数巻を使って童貞ひねくれ底辺民描写をやる。そういう投資があるからその後のカタルシスが生きてくるのだが、この映画の底辺描写は、正直ぬるい! 部屋がきれいすぎる!(そこか?)

 だけど、だからと言って童貞映画として失敗しているわけではない。ここ重要。

 ちょっと一般的な話をしておく。日本社会で「童貞」といった場合、そこには二種類の含意がある。①ガチでセックスしたことがないタイプの童貞と、②セックスの問題とは無関係に童貞っぽい人の二種類。①を扱う場合には純粋にセックスが問題にされるけど、②はどっちかというともう少し広く童貞イデオロギーとか承認の問題が扱われる傾向にある。で、英雄君は彼女持ちなので、今作で童貞っていうのは②的な意味で使われる。

 ②っぽい童貞性に対しては、①のガチ童貞民から「お前彼女いるじゃん!!!」という批判がなされることがあるのだが、これは全く誤った批判であると言える。②的童貞性を語るのだと宣言している作品は、②的童貞性の次元で評価するべきであって、①的童貞性でその質を測られるべきではない。そしてこの線引を守る義務は①的な、言ってみれば原理主義的な童貞民の側にある。というのも、セックスをしたことがある童貞は、①と②の区別をなくして、両者の問題意識を混淆させてしまおうとするからだ。ただ①的な童貞だけが、童貞問題には①と②があるのだということを認識し、そのフレームワークで行動することができる。故に、②の場において①を持ち出すのは、本来存在するはずだった区別を掘り崩してしまうという意味で単に②的な人々を喜ばせるだけである。認識を守るために沈黙せよ、①の童貞たちよ!

 で、②的な問題を扱う作品としてはほぼ100点満点。ロッカールームのシーンとかほんとすごかった。で、もっとすごいのは、この作品には①的な童貞もある程度乗っかれるようになっているということ。おかげで120点になる。

 というのも、今作における銃というのはご承知の通り男根、家父長制的権力の象徴でまあようはペニスである。ペニスというのは実際セックスに使われることが多いのだが、①的な童貞にとってペニスはオナニー専用の器具である。だから、銃や剣でセックス的な描写をされても童貞は興奮できない。しかし今作における射精は、「女の子に見られながら欲望に向けてひたすらぶっ放す」という形態をとっており、つまりはどう見てもオナニーです本当にありがとうございました。①の童貞はセックスを理解しないが、オナニーなら完璧に理解できる。ここに気がついた制作陣に座布団をあげたい。最後のシーンなどは、もう散々オナニーして満足したおっさんめいた開放感を味わってる感じで、とてもよいのである。

 文字通り「童貞のオナニー作品」として仕上がった「アイアムアヒーロー」、①的童貞でもある程度受け入れられる②的童貞映画である。よくできてる。

 ただ微妙だなと思った点もいくつか。一つは避難所が明確にジェンダー分業してたことなんだが……うーん、ほんとにこうなるんかね。男側がいかにもクソ雑魚めいた男子ばっかりなので、なーんか説得力ないなと思った。こんなクソ男子じゃ権力握れんだろ。

 もう一つは女子高生ひろみさんの描き方。まあ原作マンガだとすべてが丁寧だからまあいいんだが、映画のテンポだとこう、JKが幼児化することの必然性がまったく感じられず、「おっさんはやっぱり幼児化したJKを飼いたいのか……」って感じになるので正直キツかった。