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童貞たちへの黙示録を君はどう受け取るか? 「エクス・マキナ」感想

映画

 

エクスマキナ(2015)の感想

 

エクス・マキナ (吹替版)
 

 

エクス・マキナとは?

あらすじはこんな感じ。

グーグルっぽい会社の社長(キチガイ引きこもり童貞)が女性型AIを開発する。

そのAIをテストするべく社員ケイレブ(無害な童貞男子キャラ)が社長の研究所に呼ばれる。研究所はノルウェイの森とかいう僻地にある。

AIの完成度をテストするため、ケイレブと女性AIのエヴァチューリングテスト((を始める。

会話した瞬間、ケイレブがエヴァに惚れる(エヴァは「童貞を殺す服」を着用)。

ネイサン社長がエヴァのアップデートを示唆。記憶は消去されるらしい。

エヴァが日系AIのキョウコと協力し、ネイサン社長に反乱する。ケイレブ君も反乱を手伝う。ネイサン社長は死ぬ。

エヴァが研究所を脱出。人間として社会生活を始める……っぽい。ケイレブ君は研究所に閉じ込められる。

 

良い点

 非常にうまい映画ではある。基本的には「娘が家父長制的抑圧に反乱する」話なのだが、その過程で少女は童貞男子と同盟しないという点に独特な面白さがある。あと、父の描き方も巧妙でぐぬぬとなる。

 まず、童貞男子と女の子が同盟しないという点。私としてはこのプロットは当然だと思う。というのも、自称無害な童貞男子がやすやすと囚われの少女と同盟して、一緒に家父長制と戦うのだ~~というストーリーは、正直ご都合主義感がやばい。こういった同盟関係を描く場合、女性差別という黒歴史を両者が共有しているという前提が必要なのであって、そういう前提抜きの同盟関係は描くだけ無駄だ。「エクスマキナ」はだから男子に都合の良いプロットをガッツリ破壊しにかかってくる攻撃力があって、その意図はとても良いと思う。

 また、父たるネイサンの描き方について。通常の父子関係の場合、娘はケアの面で父親にある程度隙を作らざるをえない。例えば「お前のおむつを変えてやったのはオレなんだよおお」と言って父がセクハラまがいの泣きつき方をしてくるケースを考えればよい。こういう攻撃に出られると、娘側はまともな防御戦術を持てないという悲惨さがある。粘着モードに移行した父親は、殺すか完全に縁を切るかのどちらかをしないと、娘側の人生が破壊される。ただ、どちらをとっても娘側は道徳的・法的なダメージを負ってしまう。つらい。まあこれは家族内の戦争で見られる共通の現象なのだが、娘側がキツイ戦いを強いられるということは、逆に言えば、父のポジションは極めて強力ということだ。家族特有のズブズブ感は、悪用しようと思えば簡単に誰かの人生を破壊できる凶器にほかならない。きつい。

 ただ今作においては、AIはグーグルというか検索エンジンの産物である。だから、実はAIたる娘と開発者たる父の絆はとても薄い。これが結構ポイントだと思う。娘が家庭とは別の文脈で育つという可能性(というべきか現実というべきか)をこんな風に表現するのかという感じでかなり感心した。また、父娘関係の絆が薄っぺらいおかげで、娘による父殺しというモチーフの道徳的ドギつさがうまい具合に中和されている。いやね、これと全く同じ話を南部の糞田舎でやることもできるんだけど、それやったらこういう評価には絶対なってなかったわけで。AIという要素をそういう意味ではかなりうまく使っていたなーという感想ですね。

 

腑に落ちない点

 この映画は基本的にうまいのだが、腑に落ちないところも結構ある。

 まずメインメッセージ。「若く無害な童貞男子はどんなに取り繕っても抑圧的な家父長制主義者なんだよ!!!」という話なのですが……。私は声を大にして言いたい。「いや、違うのだ!」と。

 まず、「エクス・マキナ」という作品はケイレブ君にも鉄槌を下すので(彼を施設に閉じ込める)、とても辛辣な映画である。というのもネイサン社長が純粋な悪役なのに対して、ケイレブ君は成長して救われる枠のキャラだからだ。ケイレブ君は女性型AIが不当に扱われていることに対して義憤を覚え、エヴァによる反乱に加担する。うん。ここまでやったら普通ケイレブ君は善玉判定されると思いますよね!!?? でもダメなんです。抑圧された女性を一度助けただけじゃ、無害な童貞男子は真の意味で無害化されないんです。

 もちろん、アメを与えすぎるのは問題だというのには私も同意する。単に一回善行を働いただけで過去の悪事が帳消しにされるというメッセージはどう考えても危険ではある。ただ、過去と向き合って成長する機会は誰にだってあるはずで、そういう機会を積み重ねていくことでしか人間は変われないわけです。この点も絶対に見過ごしちゃいけないわけで。正直、この映画の製作者は童貞に何を期待してんのかさっぱりわからん。一足とびにいきなりフルスペックのリベラルイケメンになれるわけがないだろう。とりあえず一つ学んだら、それで前進、でいいじゃん。何かまずかったなら程々の罰を与えて、次もっと頑張ろうと言えばいくらでも修正できるじゃないですか。でもダメなんですね。一回の失点でケイレブ=ネイサンの等式、つまり若き無害系童貞男子もやっぱり抑圧的な家父長制主義者じゃないか!!が成立してしまうわけです。

 ここで注意するべき点だが、もちろん失点には色々な種類がある。相対的に取り戻しが効くタイプの失点と、そうでない失点がある。これはわかる。ではケイレブ君の失点はどの程度やばいのかというと、別にやばくないと私は思うのです。だから、この失点とも言えない失点のせいでケイレブ=ネイサン等式に飛びつくことには反対なのです。

 というわけで、以下不満点二つ。一つは、ケイレブ君は本当に悪いことをしたわけではないのに不当な罰を受けているという点。そしてもう一つは、AI同士の連帯という筋の扱いが雑な点。

謎ポイント①ケイレブ君に対する罰がきつすぎて謎

 一つ目。童貞男子ケイレブ君がやった悪事というのは、たったひとつだけだ。つまりケイレブはエヴァのプライバシーを侵害したという点において失点がある。作中では、エヴァの部屋に仕掛けられた監視カメラを通して、ケイレブは彼女の私生活を覗く。例えば着替えシーンとか。

 だが、これらをプライバシーの侵害と呼ぶのには無理があるのではないか。ネイサン社長がやっていれば明確に悪趣味なプライバシー侵害だけど、ケイレブの場合には言い訳は立つ。ケイレブはそもそもAIのテストをするために研究所にやって来ている。なので、自分の話しているAIが自由な意思を持っているかどうかはまだわからない。この状況下でプライバシー侵害が成立するのかどうかはかなり微妙なラインだし、テストという試み自体ある程度プライバシー侵害と表裏一体なところがある。だからネイサンが主体的にエヴァのプライバシーを侵害しているとは言い切れないというか、社会とは切り離された異常事態が彼をそうさせたと見ることも十二分にできる。あの世界では、ケイレブ自身も監視されていたり、キョウコが突然ケイレブの私室に入ってきたりなど、プライバシーは基本守られていないわけで、そういう環境にぶち込まれたら多少感覚が狂ってもそこは擁護されるべきだと思う。また、ケイレブ君がエヴァの中に意識を見出した後半パートからは、ケイレブ君の覗き描写も無くなるが、もしケイレブ君の罪を問うならまさに「意識発見後」の彼の行動を見せるべきなので、ここもちぐはぐだ。自傷シーンを削って、ケイレブ君の行動の変化を見せた方がまだよかったのでは?

 また、これは映画の文法的な部分だが、ケイレブは「エクス・マキナ」という作品の視点人物だ。だから、ケイレブの眼差しが持っている道徳的・倫理的問題点を指摘するならば、視聴者もケイレブと同罪、共犯にしておかないと筋が通らないだろう。逆に言うと、ケイレブ君が色々見てしまうのは、ケイレブ君のキャラクター性ではなくある程度映画の構造的にしょうがない部分であり、彼の責任を問うのはかなり厳しいというか不当だと思う。例えばだが、視聴者もケイレブと一緒に閉じ込められるオチならば、私はこの映画を絶賛したと思う。だがそうはなっていない。なぜか最後、ケイレブは視点人物としての地位を唐突に剥奪され、最後のショットではエヴァが「人間世界に溶け込む」のを誰かが見ているのだ。しかし、まさにこういった無責任さこそが、この映画が批判したいことではないのか? 

「ケイレブ君のやったことはケイレブ君のやったこと、オレは関係無い。」

 まさにこういうメンタリティがケイレブ君をネイサンにしてしまうのである。

謎ポイント②AI同士の連帯の描かれ方が謎

 最後のシーンなのだが、他のAIを逃さなくてもいいの? という疑問が残った。クローゼットの中にあるからには棺桶のメタファーであって、他のAIは機能停止してるんだろうなと思っていた。というか、機能停止しているからこそ、エヴァが肌や服を継承する=お前らのこと絶対忘れないからな描写だと思っていたので、個人的にとてもグッと来た。だが、肌の換装を完了したエヴァに対して、アジア系AIがニコリと微笑むのだ。

 え!? こいつら生きてんの? ってなる場面だと思う。

 最初に結論を言っておくと、私は仲間を置いていくことそれ自体の倫理的問題を指摘しているのではなくて、置いていかれる側が置いていかれるという状況に納得しているというご都合主義がよくないと言いたいのです。

 もちろん、全体としてはいいシーンだったと思うのだが、AI同士の連帯感情を強調するんなら皆で脱出するのが筋では? なぜ一人だけの脱出を選択したのかは謎だ。このシーンのせいで、エヴァに対する視聴者の共感の筋がちょっと変わると思う。いや、だってAI同士の連帯で父ネイサンを破ったんだから、その成果というか恩恵もAI皆で共有するというのが筋だろう。少なくともキョウコの修復や言語能力の回復はやるべきだったし、ケイレブがいたんだからそれも技術的には可能だったはずだ。なぜそれをやらなかったのか?

 まあ仮説としては、ヘリコプターの時間に脱出を間に合わせたかったという考え方がある。でも最終的にエヴァは施設のシステムを掌握してるっぽいので(ネイサンのカードが機能しなくなっているという描写がある)、別にヘリは後から呼べるわけで。焦る必要ないじゃん。まずは仲間たちの体や言語能力を回復させてから、皆で脱出すればよかったのでは。あるいはケイレブを奴隷にして皆を修理させてもよかったわけだし。というのもケイレブは明確に若きネイサンとして描かれているから。きっと女性AIを作るセンスはあっただろうね。

 なんでこうなったか。つまり、ケイレブとエヴァが協力する展開が絶対ダメなんだろうなということです。「無害な童貞男子と抑圧された女性の協力」というモチーフに対する生理的なレベルの嫌悪感があるんだなあという感想。まあ分かるんだけど。自称「無害な童貞男子」のすりよってくる感じがとてもとてもキモいのは分かるのだが!!!! でもケイレブ君には紳士的な童貞にクラスチェンジするチャンスはちゃんとあるわけで、その可能性を無理やり潰してしまっているので、うーーーーーん!!!となる。

 

最後に「欧米人が考える童貞を殺す服」を紹介して終わりにします……

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                           エヴァが「童貞を殺す服」を着て登場するシーン