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みた映画とか

フェミニスト映画シリーズ 

 

 

 

  二人の暴走中年がかっ飛ばす話。多分中年であることが重要な要素だったんだろうなーとは思う。「少女」がこれをやると、おそらく不良性とか青春物語に回収されてしまって、フェミニスト映画にはなってなかったんだろうなあという。

 この映画は面白かったけど、自分の中にある性差別主義と向き合わなくてはならず、やっぱり辛かったよね。以下「コンサバ差別主義者男子」がイラッときたポイント。

 ・不貞(既婚者なのに配偶者以外と寝ている)

 ・警官に暴行する & 警官の装備を破壊、略奪する

 ・テキサス州を嫌っている(典型的テキサスフィビア)

 ・銃を発砲してタンクローリーを爆発させる

 ・自ら犯した罪に関して、法の裁きを受けずに自殺したこと

 という感じ。

 

 しかし、もし主人公が男性かあるいは子供なら、多分私は全然違和感なくこの映画を受け取っていたはずで(同じくタンクローリーがぶっ壊れるマッド・マックスはスゲー面白かった)、そういう意味で「中年のおばさんが社会に挑戦してんじゃねーよ! 調子のんなババア!!」的な差別意識が私の中にあるんだろうなあという。そんな怪物になってしまったのが辛すぎて辛い。死のう。

 それに「襲われた」女性というのにもあんまり、というか全く共感できずダメだった。脈絡なくレイプされたならあれだけど、飲み屋で一緒に踊って酒飲んでわざわざ人のいない場所についていくという意思決定をしているのはやっぱり女性自身なわけで、その決定に対する責任があまりに言及されなさすぎ。「そもそもホイホイついていくのがダメだろビッチが!!」みたいなことを平気で言っちゃいそうな自分が最高に嫌い。

 でもこの映画、女性の行為が過激すぎてあれだったけど、序盤の「これから旅行だ~~」という開放感であるとか、お互いに支え合うバディ的要素はしっかり描かれていて、それらは普通に楽しめたなあ。序盤はポンコツかと思われたビッチさんが、金を奪われてからは逆に相棒を引っ張る展開とか良かった。バディモノって、片方が弱っちゃった直後にもう片方が強くなる展開(一転攻勢的な)が必要なんだけど、それが上手く決まってたんだよねえ。これまで強気だったキャラが金無くなった瞬間泣き崩れ、一方ほわほわビッチは突破力を発揮するという対比がよかった。

 

 

 

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 その2。結論から言って面白かった。ギャグテイストだったし、フランス映画らしく「イスラム女性差別批判」という筋があったので安心して見れた。(逆にテルマアンドルイーズのように白人女VS民主的政府という対立はちょい厳しいよね。)もちろん白人男子も報いを受けるんだけど、パパとドラ息子は両方決定的に批判されたりはせず、ちょっと恥ずかしい思いをするだけで済んでいて、あくまで「ママのプチ反乱」くらいにまとまっているのが良い。批判の対象はあくまでイスラム教と売春産業。ブルジョワ(プチも含む)家庭における問題は、まあおまけだよね。だから批判はぬるくて俺でも楽しめるという。

 キャラでいうと、お母さんのキャラがすごく良かった。このお母さんと黒人娼婦が一緒に訓練をするシーンが感動的だった。これが優しさ。これが母性なんだよなあ()。

 ドラ息子の甘やかされた糞ガキ感もいい感じだった。あとはドラ息子の正妻が癇癪起こすシーン。ナイフでソファを切り裂いて、そこにケッチャップをぶちまけるところが面白かった。 男に嫉妬してる癇癪女を眺めるのは最高の娯楽だし、あのシーンのせいでフェミニスト力が下がってると思う。

 

 

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 今回あげる三作の中でベスト。この映画では「イスラムにおける女性差別」が描かれているので(そして先進国における女性差別問題に対する言及が一切無いので)、気を楽にして、そして先進国の住人として、遅れた地域に住んでいる野蛮な差別主義者に対する憎悪を燃やすことができる。フェミニズムを経由してイスラム叩きするのってすっごく気持ちいいんだゾ(恍惚)。その意味では娯楽映画にカウントされるべき映画。

 基本的にはバーネット的な雰囲気を感じた。少女が頑張っている姿って、それだけでエンターテイメントなんだよなあという。ヒロインはかわいい。 

 少年が補助輪をつけたことに対してぶちきれるシーンは泣けた。侮辱にもいろいろあるけど、相手からの父権的(おせっかい的な)優しさが最大級の侮辱になる場合もあるんだよなあ。少女はなんで自転車がほしいかというと、単にほしいというのももちろんあるのだが、物語的にいうと自転車は男の子と「競争する」ためのアイテム。そして競争というのは原理的にいって、対等な者同士において成立する営みだから、この文脈では自転車の獲得が女性に対するエンパワーメントの象徴なっている。自分に力を与えてくれるはずのアイテムって、人間にとってはすごく大事なんですよね。釣りが好きな人には釣り竿、PCが好きな人にはPC、みたいな感じ。そういうアイテムに関して、他人から細工を加えられたり、あるいは上手く扱えないだろうと思われたりするのってすっごく屈辱的なんだよな。だから補助輪のシーンは普遍的な屈辱描写になっていて、個人的にジンときた。泣けた。

 

 あとはやっぱ、この映画のうまいところとしては、コーラン暗証コンクールを作品のメインエピソードにしているところだと思う。これは宗教原理主義に対する極めて陰湿な攻撃方法。あいつらはコーランを経由しないと女を叩けないから、主人公をコーラン暗記できる「模範的ムスリム才女」にしておけば、コーランが少女を守る最強の盾として機能してしまうという。もちろんこれは究極的な解放とはなんの関係も無い戦略ではあるが、まあ、過渡期においては有効な手だよね。

 美少女がコーラン暗証コンクールに出ようとするときに、一瞬迷ってから参加の署名をするシーンなのだが、あれもすごくよかった。あれも泣けた。実際女の子って、男のプレイするゲームを上手くやる場合が多いんだよね。目標を達成するため(自転車を買うため)だったら、コーラン暗証という、なんの興味も無い、イデオロギー的にも賛同できないゲームも立派にプレイしたるわ! という態度が非常に「少女的」であって、とてもエネルギッシュ。その態度が最終的にどういう結果を生むかというところまで含めて、オーソドックスな少女モノに仕上がってる気はする。その意味でフェミ要素はこの映画のフレーバーではあるけど、本質ではないと思う。(例えば『家なき子』をフェミニスト文学と呼ぶか? みたいな問題。個人的には母子関係の危機と和解を扱っているという点で『AIR』に近いアトモスフィアを感じた)

 

 男子が唐突に「結婚しよう」とか言い出してワロタwwwそしてそれを鼻で笑う美少女が可愛かった。ところで、この結婚しようは保守派的結婚しようであり、私の結婚しようは反動的結婚しようなので、その辺を同じにされては困る。私は自由恋愛とフェミニズムを織り込んだ上で結婚しよう学派にとどまっているのである。サウジアラビアとかいう差別主義的国家における実践と、リベラル社会によって破壊された男たちの実践は質的に全然違う。先進国日本の童貞に「お前イスラム社会の父権男子みたいだなww」などと言ったらマジギレされるので注意が必要。

 

 最後の競争シーンは感動的。元気に自転車を漕ぐ少女は絵的な完成度が高い。追いかけてこいとか言いつつ、ちゃっかり男子を振り切ってしまうのも本当によかった。映画としてのメッセージがあのシーンに凝縮されていて、普通に泣けた。いろんなものを振り切ってしまう少女は本当にすごい存在で大好きだ。でもそれをおばさんがやると怒ってしまう自分の中の差別主義が大嫌いだ(テルマ&ルイーズのオチに対しては「テロリストは法的な報いを受け、名誉を剥奪されるべきだ!!」とか言っちゃうからなあ。辛いなあ)。